2021年10月

2021年10月31日

17.FEC療法2回めはスキップ

 2021年9月9日 木曜日

FEC療法の2回めに緊張して臨んだ朝でしたが…

敢えなく撃沈でした。

ジーラスタを打っているのにも関わらず、白血球の数値が上がらず、また好中球の割合が下がり、危険領域ということで、治療は一週間の延期になりました。

あんなに憂鬱な抗がん剤の点滴が、出来ないことでこんなに落ち込むとは皮肉なものです。

気合いを入れすぎていて、肩透かしをくらったという感覚でした。

トリプルネガティブゆえに、抗がん剤しか選択肢がないのだから、憂鬱でも何でも、とにかく、やってもらうしかないのです。
白血球減少は致命傷です。

おそらく、一週間で白血球は回復するであろう、との主治医先生の見立てでした。

ただ、白血球を増やす方法は(ジーラスタはすでに投与しているので)
無いとのこと。
誰にきいても答えは同じでした。

それでは栄養をつけるしかないか~と
その日から、牛肉メニューを増やすことにしました。


きっと、がん患者さんならば、目にしてしまうであろう、がんを治す為の食事療法の1つとして、四つ足の動物を食べない、という提言があります。

標準治療を納得して受けているわたしも、併用すればなお、良いのては?と夫の協力のもと、始めていたのです。

鶏肉と魚がメインディッシュでした。(夫はメニュー作りに苦労していました)

が、この日から、牛肉!解禁!

豚肉も!(実は豚肉は抗がん剤の副作用のせいで、解禁しても食べにくなってしまっていたので殆ど食べず)


牛肉の効果なのか?どうか?それはわかりませんが、なんとか、点滴可能な数値(ただし10%減薬)に、翌週には回復することが出来ました。


*白血球数 30(基準値33~86)
*好中球数 13(基準値20~75)


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2021年10月30日

16.脱毛始まる

ジーラスタの副作用が落ち着いた、抗がん剤点滴から10日ほど経過した頃から
なんとなく頭がヒリヒリすることがありました。

脱毛に備えて、がん告知を受けてすぐにセミロングからショートにしていましたが、それでも結構なストレスになりました。


そろそろくる頃だと覚悟していましたが、指ですいただけで、つるーっと、ふぁさーっと、その部分が数十本抜け落ちるのは、ちょっとホラー映像のようで、抗がん剤のパワーはやっぱりすごい、と思いました。

それから一週間ほどかけて、毎日抜け続けました。

やはりひどかったのは、入浴時、洗髪したとき、体を拭いているとき、ドライヤーで乾かすとき。

排水溝は、部分ウィッグがひとつ出来そうなぐらい髪の毛でいっぱいに。

ゴミ箱をかかえながら、髪の毛を乾かしました。
やはりここでも、ひとつ部分ウィッグが出来そうなほどの毛髪。

枕元にも抜け毛がつくので、不織布キャップを被ったり、タオルを敷いて寝て、起きてパンパンと はたく、という日々でした。

わたしが歩いた後にはひとかたまりの毛髪。

コロコロクリーナーのロングサイズを使って掃除していましたが、期間中には、何個かロールごと交換しました。

わたしは一度だけ、浴室の鏡に写る姿を見て泣きました。

ヘアケアは、年齢なりに頑張って気にかけていたのです。

サロンシャンプー、トリートメント、ヘアオイル。

3週間に一度はリタッチカラーで白髪を隠して、半年に一度は、縮毛矯正。

そのいたちごっこに、嫌気がさしていたのは事実だけれど、まさかこうなってしまうとは極端な。

長男に
『毛なんか抜けたっていい。生きていたら、また生えてくるのだから。』

勇気づけられ、脱毛が落ち着く頃には、本当にそのとおり!と開き直ることが出来ました。



そして、10月30日現在、4回の抗がん剤治療を終えたわたしは、頭髪全部は抜けきらず、前髪、もみあげ部分などは残ったまま、眉毛とまつげは全く抜けていません。

体毛も変化なしです。

この先、後半のTCb療法の方が、脱毛は起こると聞いていますし、どうなるかはわかりません。

ウィッグは、医療用を4個買いました。

そのうち、フルウィッグは2個です。(ショートとセミロング)人口毛です。

そして、帽子タイプ(インナーキャップ不要のウィッグ)

帽子用ウィッグ(頭頂部がネットになっていて、必ず帽子を被る必要があり単独使用不可タイプ)

その日の体調によって使い回ししています。

ウィッグがぴったり決まったときはやはり外出も気後れしないし、
なんか、ずれてるんじゃないか、とか、ばれてるのでは?と感じるときは、早く帰りたくなってしまいます。

帽子を被るときは、帽子ウィッグが楽です。
決して帽子は脱げないので、覚悟が必要ですけど。


そして思うのは、
また毛が生えてきたら、もうあんまり、染めたり矯正したり、ダメージを与えることは止めたいということ。

本当にわたしは、この数十年、髪の毛に何をしていたんだろう?

だからって、白髪を放置して、疲れきった風に見せたくもないけれど。

何か変えられるはずだ、と

まだまだ先の話だけれど、考えて
います。

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2021年10月29日

15.CTと骨シンチグラフィと乳房MRI

 2021年8月12日木曜日

この日は、まだ、わたしのサブタイプを聞く前の検査でした。
胸部CTで、現時点でのリンパ節への転移の有無と、腫瘍の大きさを見るものでした。

造影剤を注射され撮影します。

放射線を浴びることへの恐怖心はあっても、痛みもなく短時間で終わるのでまだましな検査です。
(絶食も数時間のみでした。) 

撮影後に、稀にショック症状やアレルギーが起こる可能性を説明され、ちょっとビビってしまいました。(体質は本当に患者さんそれぞれなのですね。)

2021年8月24日火曜日

初体験の骨シンチグラフィ

これは、被曝するらしいと知って何となく警戒してしまう。

病院の別棟にて、08:30頃に、まずは放射線物質を静脈注射。

約3時間後、再び病院に戻り、撮影器具に横たわる。
動かないように言われ、ただひたすら制止して時間が経つのをまっていました。

幸か不幸か、数日前の抗がん剤の副作用が続いており、ぼんやりしてしんどかった為に、それほど緊張せず、寝ていることが出来ました。

元気な時だったら、怖かったかも知れません。

しかし全身の骨を撮影出来るとは凄い機械です。


2021年8月26日木曜日

乳房MRI撮影の為、朝から造影剤を注射し、時間を開けて再度来院。
ノーメイクで、コンタクトレンズも外しているため、検査着に着替えたときは、寝るしかないような状態でした。

うつ伏せでMRIなんて苦痛でしかないと恐怖。
ずいぶん前に受けた脳MRIの時のあの騒音が甦り、いやーな気分で、血圧が上がってしまいました。

でも、ここでも、抗がん剤の例の副作用のお陰で?ぼんやりしていたので、軽く居眠りして乗り越えることが出来ました。

造影剤の独特の感覚も、熱いとは感じるものの、ぼんやりしていたせいか、ちょっとした違和感程度でした。

たくさん検査を受けているうちに、段々慣れて、恐怖に大して鈍感になるのですね。

そして、これは生きる為に必要な鈍感力なのでしょう。

だって、この先まだまだ、健常なときは経験しないことが待ち構えているのですものね。



この検査は、抗がん剤治療スタート時に於ける、転移の有無を確認する為のものです。

こわい。

転移していないことを望みます。

CT、シンチグラフィなどの検査技師さんたちが、被曝防止の為に防護ベスト?のようなものを着けているのを見るにつけ、わたしってそんな立場にいるんだな、と病人であることを実感したりして。

でも、技師さんたちには感謝です。
医療従事者さんたちには本当に頭が下がります。




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夫作のにんじん、りんご、レモンジュース



kotorist_ at 10:32|PermalinkComments(0)乳がん 

2021年10月27日

14.夫の祈り

乳がんの告知を受けてショックだったのは、当然わたしだけではなく、二人暮らしの夫も、そうとう動揺したと思います。

これから二人で、老後はゆっくりしたいね、のんびりしたいね、旅行行こうね、などと話していました。

とは言え、乳がんの好発年齢は40代から60代と後から知ったので、
若い頃に健康だったとしても、本来は、ますます健康に気をつけて用心する世代、ということだと思います。今は。

夫は、わたしを何とか慰めよう、力付けてあげよう、としてくれていたと思います。
と、同時に自分自身を鼓舞するという目的もあったのでしょう。

でも、医療関係者でもなんでもないし、専門知識もないし、治療に関しては、無力です。
だったら、出来ることは何だろう、と一生懸命、考えてくれたようです。

そして、抗がん剤治療中については、家事の(インコの世話も)殆どを夫が担ってくれることになりました。

通院も出来る限り付き添うと。

肉体的な痛みの共有は不可能でも、精神的な痛みの共有は可能です。

がんを告知されて、生命の危機に直面したわたし。

もちろん完治を目指して治療に前向きに立ち向かうけれど、その努力を怠ってはいけないのは承知しているけれど、それでも、弱音を吐きたくなることもある。

そんな時に夫が側にいてくれること。

朝起きた時に、おはよう。と夫が笑ってくれること。

それが本当に救いになりました。

とにかく一緒に頑張ろう!

と支え続けてくれる夫には、感謝の気持ちしかありません。

そんな夫は、何度か
がん封じで有名なお寺に、わたしを連れて行き、ご祈祷をしてもらい、お札を頂いてきました。

実はわたし自身は、そういったことにあまり関心がない方でした。
否定はしていませんでしたが。

でも、一生懸命に祈ってくれる夫を見ていて、宗教的な意味はともかく、わたしの為に祈ってくれることのありがたさに気づきました。

神様や仏様、ご先祖様を通じて、心から祈ってくれること。

それは、とても、わたしの心を揺さぶりました。

夫の為にも、強くなろう。

きっと病気を治そう。

泣かないで笑おう。

否定的なことや、夫を悲しませるような事は言わないようにしよう。

それが、今のわたしに出来ることだと思っています。














kotorist_ at 23:11|PermalinkComments(0)家族 | 乳がん

13.副作用とジーラスタ

 初めての抗がん剤点滴の夜はなんとか明けて、翌日の金曜日は、半分寝たきり状態でした。

とにかく、朝起きて、強力吐き気止めカプセルとデカドロンを飲む。
そうすれば、気持ち悪い感覚も多少やわらぎ、精神的なものもあるのか安心できる。

吐き気はあるけれど、嘔吐するまでには至らず、ウプッ、ウプッを繰り返す。

夏だったので、スイカが美味しかった。
夫が食事を作ってくれていたので、苦しくてもなんとか三食は食べていました。
さつまいも入りおかゆ、とか。

汗を大量にかいて喉が渇いて暑いのか寒いのかわからない。

それでも夜はきて、早く朝になってーと願いながら長い夜が明けて

2021年8月21日 土曜日

ジーラスタ皮下注を打ちに病院へ(休日外来で対応してもらいます)

休日外来は、救急外来としての役割はもちろん、傷などの手当ての為に、毎日ガーゼ交換が必要な方や、わたしのように、決まったサイクルで注射を打つ必要がある人が訪れます。

予約が出来るので、待たされることなくスムーズに進むので、副作用真っ只中の身としては、ありがたいです。

皮下注射は、もしかしたら痛いものなのかも知れないけど、保険で30000円超えの高額な注射は、一瞬で、本当にもう終わったの?と思う程簡単なものでした。

もう針を刺されることにも慣れてきたのでしょうね。
慣れたくないけど。


元々抗がん剤の副作用でフラフラしているところに、ジーラスタが加わり、わたしのからだの中ではどんな闘争が繰り広げられているのかなー

ジーラスタを白血球の助っ人のヒーローに見立てて、クスッと笑えてきました。

副作用としては、発熱や倦怠感、骨盤痛、骨痛があるとか。

抗がん剤の副作用の上に、そんなものが加わるとは、笑ってもいられないけど、ジーラスタには活躍してもらわねばなりません。


その夜から、骨痛が始まりました。
わたしの場合は、下半身はそれほどでもないのに、何故か、頬骨が痛くなって(これ本当にジーラスタのせいかな?)顔が痛い。

上腕部と、背中あたりの上半身がキシキシと軋むような痛みが発生しました。

骨髄で白血球を急激に作っているらしいけど、本当にジーラスタは効果あるのか?


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